2019年11月
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2019年11月14日 (木)

徳本越え

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(島々宿)

 

10月の下旬、今はあまり人の通らなくなった上高地への旧道。島々谷から徳本峠を一人で越えてみました。

元へ、この道は旧道などではなく、通る人の数が減っただけで本道であることに変わりはないと思っています。バスを使って上高地に入るのは今の時代では当たり前のこと。でも、昔の人がそうだったように私も自分の脚で歩いてみたいと素直に思えたのです。

 

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元へ、突然徳本越えが浮かんだのではありません。「北杜夫」を読む機会があって、彼の山に対するとりわけ「穂高(岳)」に対する畏怖と敬愛に触発されたのでした。北杜夫も北アルプスに憧れて旧制松本高校を選んだ一人、山岳部には所属しませんでしたが彼なりに山に対する厳格な思いはあったようです。彼が居た頃すでに上高地へのバス通りは開通していたものの松高生は頑然この徳本を越えて行ったのだと書いています。松高で青春を謳歌した反面、繊細なる追憶に悩み続け、意を決して穂高の山に答えを見出そうと徳本を越えています。私もまた、人生の岐路に立たされているようで覚悟を決められるのか、穂高の山々は新境地をもたらしてくれるのか、期待するところがありました。

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(道は整備してあって歩き易い)

 

交通機関利用は電車のみ、自家用車はもちろん、タクシーや路線バスも使わない!とあらかじめ決めていました。徳本から上高地に入り横尾から蝶ヶ岳、常念、最後は自宅に一番近い燕から下山、帰宅という4泊日の行程を画策していました。何故、涸沢ではなく蝶ヶ岳なのか。それは夏に落とした財布を拾って届けてくれた「蝶ヶ岳ヒュッテ」へのお礼がしたかったためなのです。それが今回の山行の第二の目的でした。しかし、予定初日の雨で延期、まずそれで4泊は無くなりました。蝶ケ岳にはたどり着きましたが、その後の体力的不安は解消できず、常念岳を越える自信が萎え、あえなく下山の運びとなりました。ただ、どうせ下るならと、三股には降りず、大滝山から鍋冠山を通って一日市場の駅まで歩き、自宅から自宅まで総延長約112km。2泊日の60時間。その内、歩いた距離は65kmとなりました。この記録がどうなのかはわかりません。ただ大変くたくたにはなったものの、ささやかな達成感を得ることができました。

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約30年間ろくに使わなかった某スポーツ店オリジナルのザックを引退させるいい機会にもなりました。ずっと押し入れに入っていたのに所々色褪せていて、背中に当たるパッドのスポンジは劣化し、溶けてクチャクチャになっていました。持っているんだからきっと買ったんだろうがその記憶がないのです。仕事を与えられず、代わりにずっと暇を与えられてきた不憫な50ℓのザックに寝袋、天幕、雨具、と次々詰め込んで重さは15kgとなり、こんなものだろうと歩くうち、重さを背負い慣れないせいが第一なのですが、肩に食い込むその重さに焦り出し、“なんせ30年前の代物だからな!”と次第にザックのせいにするあり様です。しかし途中でちぎれることも、ほころびることもなく。無事任務完了。ありがとう、お疲れ様でした。

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(徳本峠からの眺め)

 

それにしても徳本峠は私には遠かった。上高地線新島々駅を7時にスタートして峠に着いたのは16時頃ですから。汗がとめどなく流れ、そのせいか大腿四頭筋、膝上あたりの筋肉が途中から痙攣し始めてしまいました。それでもだましだまし登り、まるで我慢くらべです。島々の登山口の貼り紙で1021日に徳本小屋がすでに閉まっていることを知っていましたので、最後のつづら折りの急登前で水を汲んで背負いあげる時は泣きたくなりました。

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(冬じまいの最中の徳本小屋)

 

穂高の山々が突然目の前に現れる。それが徳本峠だと聞いていましたが、肝心の連峰は雲の中に隠れてしまって遅い到着を嘲られ意地悪されているかのようです。期待した感慨もなく、しかたなく冷え込みの急な峠で震えながら幕営します。

すぐさまテントにもぐり込んでコーヒーを沸かし脚を伸ばす。すると今度は大腿二頭筋がつりはじめてしまいました。外へ出ようと脚を曲げると太ももの裏側がキュウ〜と痙攣します。出るに出れず、動くに動けず、脚を伸ばしたままテント内で持ち物を整理し、夕食を調理し、早々に寝袋に潜りました。そして一度入ったテントから出ることは朝までなかったのでした。

 

夜が更けるにつれ外はものすごい風の音がしています。その割にはテントは揺れません。不思議でした。いったい風はどこで鳴っているのだろう。テントのファスナーを開け首だけ外にだしてみます。夕方まで曇っていた空がすっかり晴れて星が見えています。

 

体は疲れているはずなのに全く眠れません。

面倒くさいのと脚の痙攣を恐れて外に出る気が起こりません。山小屋が閉まってしまいトイレが使えない。そんな時、みんなはどうしているんだろう?私の他にテントは6〜7張りありましたがゴソゴソと出歩いている様子はありません。大きい方はもちろんだがオシッコも携帯トイレで固めて持ち帰るのだろうか?そんなことをすれば荷物は減らないどころかどんどん増える一方だ。

 

本来なら体外に排出して捨てるものを捨てないのだから、汗となって蒸発する分以外は軽くならない。喉が乾けば水は補給するのだから、汗より尿のほうが多いのならザックはどんどん重くなる。食べ物の場合はどうだ、消化吸収された栄養は運動などのエネルギーに変わり消費される。供給より消費が勝れば腹回りにだぶついた脂肪は落ちる。山行を続ければザックは重くなるが体重は軽くなる。ザックを背負った総重量は変わらないがその配分はいつかは逆転する!かもしれない・・・などとB級なパラドクスもどきで遊んでいるうちに夜が明けてしまいました。

 

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(明神から見た明神岳)

 

「北杜夫」に習いベーコンとウイスキー持参していました。ベーコンはさらに塩漬けしてかなり塩っぱくしてあります。日持ちをあげるのと、脚がつった場合の塩分補給にと考えたからです。おかげさまで、朝には脚の痙攣はすっかり治っていました。今日もなんとか行けそうです。寝なくたって体は回復するものだな。自分の体力にやや感心しました。

峠を下ってほぼコースタイム通りに明神、徳沢、そして横尾にたどり着きました。

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(蝶ヶ岳から穂高を望む)

 

今回は頂を目指す山行ではないことを明確に意識していました。

街道を行くように長い道のりを歩き通すことができるかどうかが肝心でした。

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(帰路、自宅の鈴玲ヶ丘から見た鍋冠山)

 

この挑戦は最初の計画の行程を達成できなかった点で失敗でした。しかし、全く懲りずに再び

行く気持ちが失われない、どころかさらに過酷な道程を望むようになった、という点では成功したと言っていいでしょう。覚悟は決まりつつあります。

 

自宅から出発して目的地は自宅。自身に回帰する旅だとも考えます。 (お)

2019年10月25日 (金)

紅葉始まりました

 立山室堂で初冠雪の知らせがありました。先日見た場所に紅葉の様子を見に行ってきました。

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   今回もまた大町ダムの龍神湖へ行ってみましたが部分的に紅葉も始まっている程度ではありましたが、とてもきれいでした。前回同様で天候だけには恵まれて素晴らしい秋晴れの青空を見ることができました。

  少し足を延ばして、爺ヶ岳の登山口でもある扇沢に方まで行ってきました。

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 緑の葉と赤や黄色に色付いた葉のコントラストが見る者に安らぎを与えてくれます。

安曇野市も大町市もまだ未開の自然環境が残っていて、人間が作り出す事の出来ない四季の美しさを楽しむ事が出来ます。この様な自然を大切にして行きたいと考えています()

2019年10月11日 (金)

紅葉までもう少し

 台風19号が日本列島へ近付いている中ではありますが、私の住んでいる大町市では昨日は朝から雲一つない快晴の心地よい1日でした。

  紅葉し始めるまでには、後1~2週間位掛かりそうですが、もう一度その時期に来て見たい場所の下見に行って来ました。

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大町ダムの龍神湖です。人工的に作られた湖ですが綺麗なエメラルドグリーンの水を蓄えています。紅葉の時期なるのを楽しみにしたいと思います。大町ダムの情報はこちらを参照ください。

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 これから紅葉シーズンになり、北の方から標高の高い方から段々に赤や黄色に色を変えて私たちの目を楽しませてくれる事でしょう。少しずつですが平地でも色を変え始めて来ています。1ヶ月程度の短い紅葉の期間ですが、季節の移り変わりを楽しみたいと思います。()

2019年10月 4日 (金)

稲刈り

安曇野では稲刈りが、大概終わりました。

田植えがよその地域より若干早いのはアルプスの雪解け水の冷たさが関係しています。

けれど、穫り入れは何処もだいたい揃ってきます。

 

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27日 安曇野

 

安曇野に居ながらここの稲作を手伝っていないのはちょっと後ろめたい気分ですが。

去年から千曲市姨捨(おばすて)の棚田の米作りに微力ながら力を貸しています。

「田毎の月」で名の通った景勝地です。

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日 姨捨の棚田 まだ青さが目立ちます。)

 

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日 姨捨の棚田)

 

棚田の景観維持・保全と銘打てば立派に聞こえますが、本当のところ、そんな気持ちはごくごく表層で、休田にしておくもったいなさからの銭勘定と、やると言った手前の矜持から始まったこと。要は欲を出したが人手が足りず、ならばこの際、経験なしでも仕方ない。暇そうにしている扱いが難しくない男、として私が選ばれたようなのです。頼まれたら断れないお人好しは、内心、人助けの感傷にほろ酔い気分でのこのこ出かけて行くのです。

 

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上の写真より約3週間後の27日 いよいよ稲刈りです。いい感じに青さが抜けて、それでいて稲穂が倒れていません。倒れてしまうと作業性はとたんに悪くなります。

 

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棚田の上の方の小さな田んぼでは機械などは入らず手作業が主ですが、手伝っている田んぼは4畝(せ)(4アール、120坪)が2枚。もちろん小型の機械を使っています。

作業方法を含めた「棚田文化」の維持ではない(と思っている)ので合理化には迷いがありません。

「バインダー」と言われる1条刈りの稲刈り機、同じ束まで刈り取り、麻縄で根元を縛り脇にポンッと排出してくれます。楽チンですね。

 

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束は右側に排出されるので、刈る方向は一方通行になり、まず、周囲を反時計回りに刈った後、真ん中の列に向かって外両側から刈り進めて行くことになります。

 

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最後に真ん中の列を刈って。

 

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こんな感じになりました。2名でバインダー1台ずつ使い、2時間ほどで約240坪の田んぼを刈り上げました。

 

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さて、刈り獲った後はさっそく「ハゼ掛け」です。150~160センチの「ハゼ脚」3本を三脚状に組み、その上に5~6mの「はぜ棒」を載せます。ハゼ棒は大抵、軽く丈夫なスギの木の先端部分を使います。

稲穂を下向きに、束を半分でなく8:2くらいに割き、ハゼ棒に交互にかけていきます。

1段目の上にもう1段かけ、2段とします。このくらいの田んぼだとハゼ棒2本をつなげて1列とし、もう1列作ったくらいでちょうど足ります。

 

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夕方、なんとも美しい造形ができました。

このままシートなど被せずに2週間ほど干します。

 

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景観保全には興味がないと書きましたが。

全国で広がる里地里山再生計画を鑑みると、場所が広くなればなるほど、公共性を帯びてきて障壁は高くなり、「志し」だけでは目的を継続できなくなるのはよくある話。

何が足りないのか?また、何が余計なのか?

 

この棚田にしろ、それまでは生活の基盤がここにあった上での結果的な景観であったという事実を考え直してみる必要があるんじゃなかろうか。

 

つまり、自ら作って保全、自ら「食べて保全」。いたってシンプルな構造なのである。

 

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姨捨から見た長野善光寺平、無数に散らばる灯りに人の歴史と営みを確認して帰路に着きました、とさ。 (お)

2019年9月14日 (土)

秋の花が見ごろです

 私が車で通勤している道沿いに赤く咲くカンナの花が視界に入ってきます。

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カンナは茎もしっかりしていて赤や黄色などの花をつけます。

 こちらは秋の桜と書いてコスモスです。秋を代表する花の一種です。

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 こちらは細い1メートル程の茎に白やエンジやピンクなどの花をつけます。なんか少し強い風が吹くと折れてしまいそうですが、風に揺れても耐えてしっかり立ってます。

私はやはり花より団子で。今の時期に畑全体を白く覆う蕎麦の花です。これから食欲の秋になります。蕎麦の実を10月の末から11月頃刈り入れ、新蕎麦として出回ります。

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花ではありませんが、日本人の代表的な主食はやはりお米です。早いところでは9月中旬ころから稲刈りが始まり、現在は殆どの農家でコンバインでの刈取りになり、ハゼにかけて干すことなく乾燥機へ入れて乾燥させるため、天気の晴れ間が続くと稲刈りのタイミングとなります。

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 私の家は農家ではありません。私が子供の頃、近所の農家に稲刈りに手伝いに行った位で、農家の方の苦労は分かりません。毎年、実りの秋に垂れた穂を見て思う事ですが、  「うまいお米をありがとう」と言いたいですね。()

2019年8月26日 (月)

蝶ヶ岳 その2

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10時30分 大滝山との分岐点、疲れはピークに達しています。へたり込んで座っていると、ずいぶん前に抜いた若い女性たちが追いついてきました。かっこ悪いので立ち上がり、見栄と意地で歩き出します。

 

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すると、すぐになだらかな稜線上に出て、一面ハイマツ林の向こうに蝶ヶ岳ヒュッテが見えて来ました

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道が平坦になり足取りも気分も軽くなりました。

 

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10:46分 蝶ヶ岳の頂上に立ちました。目の前の穂高連峰、雲が頂上をかすめています。眼下には上高地、梓川の流れが見えます。

 

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蝶ヶ岳ヒュッテと槍ヶ岳と大キレット。

蝶ヶ岳といえば二重稜線、線状凹地。写真ではわかりづらいですがヒュッテもその南端にある凹地に建っているようです。三角点あたりから見ると解りやすいようですが今回は北には行かず地図で気になっていた南の「妖精の池」に立ち寄ります。二重稜線のことは次回に持ち越しです。

 

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食事の後、蝶ヶ岳山頂(長塀の頭)を南西に下ります。

 

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しばらく行くと「妖精の池」に着きました。

 

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長塀尾根の稜線上の凹地に溜まった池です。

 

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おたまじゃくしがたくさん!と思いきや「クロサンショウウオ」の幼生でした。だから妖精の池っていうのかなぁ?

 

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すでに前後の足も出ています。前足が発達してくると飛び出した外鰓が無くなるそうです。変態を終えると池から上がりどこかへ姿を消すようです。

 

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長塀山まで足を伸ばそうと思いましたが、あまり行くと帰りが大変そうなので引き返しました。

その代わり高地に咲く花をじっくり見て楽しみました。

上段左から、「ハクサンボウフウ」、「ウサギギク」、「タカネヤハズハハコ」。

下段左から、「トウキ」、「ヨツバシオガマ」、「ミヤマアキノキリンソウ」。

もちろん名前は全部、帰ってからネットで調べて知りましたョ

 

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再び蝶ヶ岳まで戻ると穂高の山々はさっきより雲が高くなっていました。その代わり、こちらにガスがかかってきてしまいました。

結局、山頂からの安曇野の景色は最後まで見られませんでした。

 

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12時15分、テン場を後に下山です。

 

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登りに比べて下りは早いものです。気がつけば沢筋近くまで降りています。サワグルミの大木がお出迎えです。

 

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14時35分 三股登山口到着、三股駐車場44分、第2駐車場56分。

須砂渡キャンプ場15時18分着。

 

さて、向かいの「ほりでーゆ〜四季の郷」で風呂につかり今日の山行をゆっくり振り返ろうかと・・・

あれ、あれ!あれれ〜 財布がないぞ!!まさか頂上で落としてきたのか!? 

実は愚かにも普段使いの財布を持って登山したのでした。そこには運転免許証、健康保険証、キャッシュカード、クレジットカード、うどん屋のサービス券、コンビニのレシート。生活感一式全部入っていたのです。昼食でお湯を沸かした場所かもしれない・・・青ざめました。気力も体力も搾りきりました。再び登る元気など一滴もありません。

 

蝶ヶ岳ヒュッテにとりあえず相談の電話をしました。

 

私:「あの〜どうやら財布を落として下山してしまった様なのですが・・・」

 

蝶ヶ岳ヒュッテ:「あーっ!」

 

ヒュッテ内、水汲み場に置いてあったそうです。よかった!見つかって。

後日スタッフが下山するときに登山口で待ち合わせ、確かに受け取りました。

 

蝶ヶ岳ヒュッテの皆さん、この場を借りてお礼申し上げます。

 

大変ありがとうございました。 (お)

2019年8月23日 (金)

蝶ヶ岳 その1

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(蝶ヶ岳 蝶槍)

 

燕岳〜大天井岳登山から1週間後の818日に蝶ヶ岳に登ってきました。今度は単独行です。

烏川渓谷の須砂渡キャンプ場でテントを張り、前泊しての日帰り登山です。遠くの山じゃあるまいし、前泊する必要もないのですが今回は34日のキャンプ中の余興として登ってきました。

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三股駐車場はご覧の通りすでにいっぱいで引き返し、800m戻った所の駐車場に車を止めて歩きます。

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上の駐車場からこちらも800m、時間にして15分、ようやく三股登山口です。登山届を書いて6時33分スタートです。350mほどで道は沢筋から離れ、早くも最終水場。以後水場はありません。

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登山口からちょうど1km、角材で組んだ長い階段を登りきった所に「ゴジラみたいな木」に到着。

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(カラマツの大木)

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標高1700m、登山道は向きを南に変え蝶沢近くの尾根に入ります。木々の合間から常念岳と前常念岳が威厳をもって現れました。

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登山道はきわめて良好。急な箇所はこのような角材で階段が組んであり、標高2400m辺りまで整備してあります。感謝しながら登ります。

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7時58分「まめうち平」という平な尾根上で休憩です。

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そのまめうち平のすぐ先ではシラビソの大木がバタバタと根こそぎ倒れているではないですか。

去年9月の台風21号によるものとのこと。

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倒れているのはシラビソばかり、地面から剥がれた根はふといものがありません。

シラビソは根が浅く倒れやすいのでしょうか。

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これは「コメツガ」の松ぼっくり。シラビソに混じりツガの大木もあります。

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2180m位の沢筋から蝶ヶ岳の稜線を望む。この辺からさらに急登になります。

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標高2350m第二ベンチとありますが、見逃したのでしょうか第一ベンチはどこだっだ?

疲れがピークに達しています。頂上までの高さ300〜400mを詰める。これが一番つらいのです。

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ようやく「大滝山」への分岐点に到達。森林限界を越え一気に視界が開けます。しかし眼下は雲に覆われ近いはずの大滝山もみえませんでした。

ここまで来れば頂上はもうすぐです。 つづく  (お)

2019年8月16日 (金)

燕〜大天井〜常念乗越

   

娘を連れて「燕岳」〜「大天井岳」〜「常念乗越」まで縦走してきました。

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(燕岳)

8月10日、「燕山荘」に泊まり、11日は「常念小屋」には泊まらずに一ノ沢を下山しました。

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(イルカ岩は一体だけではありません)

 

「燕岳」アルプスの女王の名にふさわしい柔らかな岩の形。

硬い花崗岩も長年の風雪でこの様な造形美を現します。

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「コマクサ」はだいぶしおれてきています。この他にも青い「チシマギキョウ」や黄色の「ミヤマキンポウゲ」などが咲き、登山道に色を添えています。

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一時期荒らされて数が減ったそうですが、人が入らないようにロープを張って保護してきた結果、ここまで戻ったとのこと。山小屋の愛、情熱が伝わります。

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「燕山荘」でのご来光、太陽が姿を見せたのはちょうど5時ごろでした。

雲海が下界を覆って神秘的です。

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(浅間山)

偶然、近所に住む山岳ガイドのSさんに会い。あれが「浅間山」だと教えられました。噴煙は見えません。こっちが「八ヶ岳」。あっちが新潟の「頸城三山」と。遠くのシルエットですがどれもはっきり見えました。

つまり、それらは県境を示しているのです。雲の上から信濃の国を推し測る、それは広いような、狭いような。

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朝日を浴びる「燕岳」です。6時18分「大天井岳」に向かって出発です。

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稜線の続きに「大天井岳」、右に「槍ヶ岳」、その間に「穂高連峰」。良い天気になりました。

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ゲエロ岩と呼ばれる「蛙岩」(奥の双峰のやつ)。どこがどう蛙なのか分からないですが「ツノカエル」に見えなくもない。「安曇野」からよく見えるのは手前の単体のモノリス。

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近づいて見上げると、右側の全体が上に向かってよじ登るカエルに見えた!もちろん私だけのカエルなのでしょうが、間違っていても「ゲエロ」が見えたのだから満足です。

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「切り通し岩」です、「小林喜作」のレリーフが見えます。ここから大天井岳頂上へのパノラマは迫力があります。見上げるだけで一気に体力が奪われる感じです。気持ちを奮い立たせて。

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ようやく「大天荘」へ到着、1リットル200円で水を補給します。

ここから15分で頂上です。

「大天井岳」の頂上から見た「槍ヶ岳」は、まだまだ遠くに見えます。

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「東天井岳」が目の前に見えます。稜線には涼しい風が吹きあがり、火照った体を冷ましてくれます。

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「東天井岳」を東に巻いて、道はハイマツの中を下ります。大天井からは大した登りはなく楽に歩けるのですが、逆に常念から大天井に向かう場合、ダラダラと長い登りに苦しむことになるでしょう。

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ここからほどなく「横通岳」の山腹を通過して「常念岳」との鞍部、「常念乗越」、「常念小屋」に下りました。14時30分。

 

「東天井岳」も「横通岳」も登山道はその頂上を通っていません。また、あえて登頂する人もいませんでした。里から見ると共に立派な山ですがこの道は誰が何のためにつけた道でしょう。

 

「道があれば人は道を通る。安心するほど、歩いていること以外考えなくなる。」

 

 

ともあれ、無事に山を降りる事ができました。娘にはちょっときつかった様ですが・・・(お)

 

2019年8月15日 (木)

長野県のお盆

 お盆の定番料理として天ぷらが上がります。全国的にお盆のこの時期に食卓に上がる物と思っていましたが、お盆に天ぷらを食べるのは長野県だけの風習だったのですね。

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いつごろから、このような風習が始まったのかははっきりしませんが、この時期には多くの夏野菜が取れ、先祖の供養のために精進料理を作ってお供えする。そのため、野菜をメインにエビ・ちくわ等を天ぷらにして食べる様になった。

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また、あんこ入りのまんじゅうに衣をつけて揚げた「天ぷらまんじゅう」も信州人の大好きな物の一つです。野菜の天ぷらを揚げる時に一緒に作る家庭が多いのではないでしょうか。

 他県にみなさんには天ぷらをお盆に食べる習慣がないことを知り、他県の定番料理とは何か知りたくなりました。()

2019年7月31日 (水)

書翰集

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謹啓

先生

 長かった梅雨もようやく明け、ここ穂高でも蝉の声が段々と近くなっています。いかがお過ごしでしょうか。

五月にご来荘の折は大変お世話になりました。心ばかりのお返しにご丁寧なお礼状をいただきましたが、ご返信せずに今に至っております。相変わらずの失礼な振る舞い、どうかお許しください。

先生の美しくとても嫋やかなお手紙は私にとって掛けがえのない宝ものとなりました。

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私は今、

天満沢のカフェ『書翰集』さんでひと時を過ごしています。山麓線から少し奥に入った、今時分は青さを増す木々の葉の中にひっそりと佇む落ち着いたお店です。なのに遠方より来られる方も多く、大変、評判の高いお店と聞いています。

お店で出すものは全て自家製のもの、自家焙煎のコーヒーと、紅茶の種類の多さには驚きました。

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 特筆すべきは6月で20年目を迎えられたとのこと。もうそんなになりますか?と聞くと、マスターはほんの少しばかり感慨深く視線を宙にそらせておられました。

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 お店も棟上げまでは大工さんに、そこからはご自分でお建てになったとのこと。だから所々合っていない部分があるのだとか。素人目には全くわからないのですが、もしかしたらそういったわずかな不一致が感覚として、初めて来られる方には垢や埃に塗れていない初々しさを、常連さんには綺麗に磨かれた〇〇のように見えるのだろうかと想像してみたりします。

言葉に起こしたものの、

一度削除して、〇〇には何が良いのかと頭をひねってみても乏しい知識では、ましてや常連でもない私からはぴったりの言葉が出てきません。

先生なら何にお気付きになり、どんなお言葉を綴られるのか。叶うなら是非ご一緒させていただきたいと思います。

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 二階の書棚にはたくさんの哲学書に混じり文芸書も並んでいます。カテゴリーに分けられた図書館とはまるで違うのです。本の並びに自身を投影すると言いましょうか。読み直してみたい本、自分の過去と。その横にあの頃読みたかった本、すれ違う向こうの電車に自分を見つけるような。

成っていたかもしれない未来への後悔が交錯するようです。

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取り留めもなく書き散らかしました。乱文乱筆お許し下さい。

これからが夏本番です。去年より今年より来年と年を追う毎に暑さは容赦なく降り注ぎます。

決してご無理はなさらないように。くれぐれもどうかご自愛ください。

謹白

 

「書翰集」にて先生、そして母へ(お)

2019年7月 4日 (木)

キャンプin学者村

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(ひっそり隠れ家の雰囲気)

学者村が持っている忍ケ丘の一画にテントを張っています。デモンストレーションです。木立の中の別荘地の有効利用を考えています。

もうじき消費税も上がりそうだし、景気が上向くまでは建てられない別荘、売れない土地。

そこでこんな使い方はいかがでしょう?

世間ではアウトドアやキャンプが流行っているようですからちょうどよい。お金をかけずに非日常を味わえます。

手付かずの自然の中で一週間でも一カ月でも、一年だって張りっぱなし。(さすがに一年はテントがどうにかなってしまいそうですが…)。これがキャンプ場なら結構な金額になってしまいます。

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(ナウシカの王蟲のようなテント)

キャンプ場と違い、水道もトイレも無いのでそこは工夫が必要ですが、大した問題ではありません。

飲み水はコンビニで、洗い物には近くの小川を探すのも楽しい。穴掘って目隠しすればトイレの完成です。学者村近くには温泉浴場だってあります。決して山の中のポツンと一軒家ではありません。携帯の電波はちゃんと入ります。

便利さに慣れた私達からすれば、ちょっとした不便さがそこそこのサバイバル感覚。大袈裟に生き抜いてストレスを迎え撃て!

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(昼間からランプをつけると・・・)

テント生活の様式は様々だと思いますが。ちょっとすかしてみたらどうでしょう?テーブルにお気に入りのクロスをかけ、時計を外し、お湯を沸かし、うまいコーヒーを入れノートに何でもいい手書きする。梅雨時にパラパラとテントを打つ雨の音を聞きながら悦に入るのです。

雨の日のキャンプって実はすごくいいんです。虫たちもお休み中。しっとり静かでゆったりして。しょうがない〜雨の日はしょうがない。諦めがつくというか諾(うべ)なう 感じ。やることといえば、テント内に水が流れ込んでこないように地面に溝を切ったりするんですが、うまく流れていくと見入ったりして童心にかえります。食事のウエートも上がり、コトコトと手間のかかる料理に贅沢に時間をかけたりします。

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(味が良ければ写真はいらない)

土地をお持ちでない方へ、木が生えていて100坪もあれば周りから干渉されないでしょう。学者村では安い所で坪1万円、中には5千円の土地もあります。しかも、みんな立木が付いてきます。

100坪100万円の土地を買って存分に遊んで下さい。飽きたらまた100万円で売ればいいんです。底値だし、土地はいくら使っても中古価格にはなりませんから。

「キャンプin学者村」どうですか!新しいトレンドになりそうな予感ありあり、でしょう? (お)

2019年7月 3日 (水)

学者とは

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「学者村」。文字通り住民は老若男女、皆学者であり、安曇野穂高の一画に村落を形成し、農学、工学、理学、経済、文学とあらゆる分野で情熱を持った学問の徒が日々新しい論文を作りあげ、それらを元に食料から日用品、家電、自動車に至るまで実際に村内で開発生産され、自給率は30%を超える。収益は均等に配分され村民に貧富の差はなく、均等に華美であるが必要以上に贅沢ではない。村自体が巨大な研究室であり実験フィールドである。村内では情報は共有され、分野を超えた理解と連携が新しい発想と技術を呼ぶ、その成果は常に世界に向けて発信されている。村には行政区に準ずる自治権が認められ、村民は独自に決められた義務を負っている・・・

 

現実離れした空想ですが。このような妄想を当てはめて遊べるのも「学者」という言葉が存在感を失い死語に近くなっているせいでしょう。

 

それゆえか、学者とは何ですか?と単純かつ深遠な問いかけが学者を夢見る学徒からこの空想学者村に発せられるのです。

「研究テーマは自分で決めるのですか?」 憂いを覚えた後、ハッとさせられました。問いかけているのではない。将来への違和感を敏感に嗅ぎとっているのだ。

 

 

幅広く知識、倫理観を身につけたものが「学者」であるべきだと学者でない私も思います。是非、研究テーマは好きなこと、やりたい事を自分で決めてほしいものです。

 

  • しかし、学問の先鋭化と細分化が「学者」ではなく「研究者」を増やしています。ブドウの房にぶら下がる小粒な果粒たち。

 

  • の中で名を挙げた研究者は研究資金獲得のため、やむなく奔走することになります。研究どころではないのが実情でしょう。

 

  • 政府から声がかかれば専門外であっても会議に出席する。例えば改元の会議のように。

 

  • しかしながら御用学者などと揶揄されたのも昔の事で、最近ではテレビに出た方が立派な学者となる。

 

  • 政治は必ず間違った方向に向かう。それを正すのがマスコミと学者の良識であったと記憶しています。

 

  • 教育は受け継がれるもの、清貧な学者から教わった世代までが残念ながら最後の学者であるといえるかもしれません。

 

  • 哲学や教養学は学問の逸脱を正すためにある、なぜそれを切るのか?

 

  • ハイテクな工業製品ばかりが「ものづくり」ではない、需要が学問の優劣を決めるものであってはならない。

 

 

 

人を学者たらしめる「学問」という言葉も変質し、同様に「死語」になりつつあるようです。当然かもしれません。 (お)

2019年6月25日 (火)

信州安曇野田んぼアート

NHKの大河ドラマ『いだてん~東京オリンピック噺~』で主人公マラソン選手の金栗四三が日本人とオリンピックをテーマに描いた物語です。

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  62日に行われた信州安曇野ハーフマラソンの特別企画として『信州安曇野田んぼアート』を開催されました。当日、ドラマの金栗四三を演じる歌舞伎俳優の中村勘九郎さん、 

安曇野市スポーツ大使の有森裕子さん、俳優の永島敏行さんをはじめ地元の方をはじめ南安曇農業高校の生徒たちが手による田植えを行い立派な田んぼアートが出来たと知りました。

  田んぼアートは928()までの期間、見る事が出来ます。全景を見やすくするため有料ではありますが、展望台の利用も出来るとの事です。高速道路の安曇野インターを降りて、穂高へ向かわれる皆さん、途中にあるスイス村で開催されていますので是非お立ち寄り頂きたいと考えます。()

2019年6月17日 (月)

梅雨の晴れ間です

 梅雨に入り久々の晴れ間です。最近までの様なぐずついた天気とは違い今日はしっかり晴れて気持ちもスッキリします。晴れていてもそれ程の厚さもなく過ごしやすい天気です。

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 梅雨とは雨が降り、ジメジメしたイメージですが、こうした時期を過ぎると暑い夏がやって来ます。日差しを受けて草木の緑も色鮮やかに輝いています。しばらくは日差しが眩しい様な天気が続いて欲しい物です。()

2019年5月13日 (月)

何処も春真っ盛りです

 毎年、いつも同じ光景ですがこの時期なると一際目立つ存在としてある菜の花畑です。

結構大きな面積なのに他の作物を作るのではなく、毎年私たちの目を楽しませてくれています。他にも少し離れた場所に黄色く見える所もありますが。この時期に山麓線を走る車の車窓から花の黄色と草木の緑の対比を見る事が出来ます。

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 菜の花は最初1度種まきが必要だと思いますが、その後はこぼれ種で少しは再現できると聞いたことがあります。しかし毎年これだけ咲かせるに地主さんの見えない部分の努力を感じずにはいられません。()

 

 

 

2019年4月29日 (月)

まるこ食堂

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例えば6~7種類くらいしかないスパゲティの中からどれを選ぶかなんてくだらないこと。だってみんなスパゲティなんだから。

一年中、何十年間だってレシピ通りにやればバイトにだって同じ味を作れる。というか同じじゃなきゃだめ!ってことになっている。なんでだろう? 

材料ケチって質を落とすのは論外だけど創意を持って更新していくのはいいんじゃないかな。

多くの飲食店が固定メニューの定番料理を並べ、同じ味を懲りずに繰り出すなかで「週替わりの定食メニュー」で勝負に出るのがこの「まるこ食堂」なのだ。といっても「黒酢焼きそば」とか「海苔たま定食」など固定メニューはございます。だけれども「本日のお品書き」よろしく有無を言わせぬ定食の提供は、女将やシェフまかせのいわゆる高級料亭や高級レストランのようで、落ち着いた店内の雰囲気もあいまって、その廉価版あるいはミニチュア版といってもいい、なんてちょっと贅沢に思えます。

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(店内より、狭いながらもアプローチがちゃんとある)

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(10人ぐらい座れる大きなテーブル、合席も気にならない)

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(週替わりの定食)

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(今週のメニュー)

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(海苔たま定食)

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私たちには選択する自由がある!なんて言うけどあらかじめ用意された中でのチョイスでしかなくて、だいたいは想像できちゃうし、またそういうものを選んじゃう。むしろ代わり映えしない日常を選択して生きている。

だから向こうから一方的にやって来るものを受け入れるか否かがその後の人生を変えるきっかけになる事だってあり得る。

 

それって料理にも言えること、もちろん円満な家庭に限ってのことだけど、料理好きのカミさんが今日は何を作って待っているか? ワクワクできれば人生は楽しい。

選ばせない心意気が選ばない心地よさに転化することもある。

今日はカレーが食べたいと思う日やラーメンが食べたい時はそれでいい。でもそうでない時にはこの「まるこ食堂」に来ればよい。 (お)

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(玄関)

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(ナイトロコーヒー)

まるこ食堂は学者村管理事務所から歩いて3分ほど、一番近くにある食堂です。日曜月曜休み、定食は14時まで、以降はおやつの提供となります。

facebook.まるこ食堂

2019年4月26日 (金)

桜が見頃です

 今月の10日には雪が降り春は未だなのかと思わせる雪が降る様な陽気でしたが、あれから1週間が過ぎた頃から急に気温も上昇し桜等が見頃になっています。

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 しばらくは春の野山を彩る草花が視線の中に飛び込んで来ます。忙しく飛び回っている人達の目を優しく休ませてくれる物と思います。

来月、5月から元号が代り、「令和」になります。テレビで後5日間を残すのみとなった平成最後の春を楽しんでいる光景を目にします。()

 

2019年4月10日 (水)

春はいつ訪れるのでしょうか

先週あたりから寒い中にも梅が花を付け始めました。

今週の頭には桜の蕾のふくらみ、木の枝部分が白っぽくなり始めてきました。今月20日近辺には見頃を迎えようしている所です。

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 4月に入り少し暖かい日があるかと思えば冷えこむ日もあり、徐々に本格的な春の訪れを予感はしてましたが今日は一面真っ白です。今朝から降り続いて事務所の周りで午後1時頃には10㎝程度の積雪となっています。この時期の湿った重たい雪になりました。

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 4月に入ってからの雪はこの辺でも珍しいのですが、正直にはあまりうれしくないですね。

早い人は既にスタッドレスタイヤからノーマルタイヤに履き替えを済ませた方もいらっしゃるのではないでしょうか。夕方3時頃には霙から雨になりました。交通の障害にならなければ良いものですが。()

2019年4月 1日 (月)

安曇野しゃくなげの湯

今年3月から穂高町学者村別荘所有者の特典として、安曇野市内に住まわれている方と同等の料金で利用できるようになりました。但し、私どもの事務所で発行する券を持参して、しゃくなげの湯の受付で提示していただく事が条件です。事務所での発行は1家族、1滞在期間に1枚とさせて頂いています。例えば4人家族で1週間の滞在で期間中利用するとして、これに対して1枚の発行になります。

券の発行は管理事務所で行っています。

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安曇野しゃくなげの湯HP 

 

安曇野へご来荘の際、近くにある温泉の施設を利用される皆さんに少しでも貢献できればと思います。()

 

 

2019年3月16日 (土)

寒い中にも…

 前回は雪のない冬の話でしたが、今週になってから安曇野にも雪が降りました。14日の朝は私の住む大町市で15㎝位降り積もり、除雪車が出動する程でした。

今日は少し寒いのですが毎年咲く場所の枯葉の間からに福寿草と蕗の薹の花を見る事が出来ました。

                             

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  体感ではまだ春を感じる日は少ないのですが、自然の中には春が来ている物なんですね。

 来週には彼岸も来ますがもう暫くは寒いこの陽気が続きそうですね。()

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