2019年1月22日 (火)

弱 雪

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朝起きるとこの様になっていて、ようやくこの辺りの冬らしい景色になりました。

 

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積雪は事務所のある鈴玲ヶ丘では8センチくらいでしょうか。

 

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除雪車が通った形跡はなく、今日はこれ以上降る様子もありません。

 

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雪質はフカフカで歩くとギュッ!ギュッ!と鳴ります。

雪だるまには最適ですが道路では圧雪となりやすいでしょう。

 

体感の寒さはそれほどでもありません。気温も日中5度ぐらいまで上がりそうです。

日が射せば融けるのも早いでしょう。 

 

本来なら極寒の真只中。

しかし、張り詰めた真冬の雪というよりは心に馴染む春の雪に近い感じがします。(お)

2019年1月15日 (火)

田淵行男記念館

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13日夜、NHK日曜美術館 「まだ見ぬ頂を目指して~山岳写真家 田渕行男~」が再放送されました。

さっそく安曇野市豊科南穂高にある「田淵行男記念館」行ってみました。

放送後の反響はどうですか?と聞くと、そりゃぁもう!いつもの倍以上の来館者ですと恵比須顔の受付爺。

 

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さて、田淵行男とはどういう人物? 評価して然るべき努力家。

「出身」というだけで取り上げられる関係性の薄い功労者が多い中で、田淵は人生の終をこの地に選んだ、よそ者でありながら安曇野の地域を超えて偉人になりえた特異な人物です。

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(同館パンフレットより)

 

分業の上に胡座をかいた作家気取りの連中とは違う、斬新な発想を率先してただ一人で表現した素人。登山家で写真家で高山蝶の研究家であり、自らの行動を文字に残したエッセイストでもあります。およそ男のダンディズムを強欲に手に入れた羨望の的、ではなかったのか。

曖昧で軽薄、現代風の体の良い「ナチュラリスト」などと冠するのは彼にとって不本意であるに違いないと思うのです・・・まあしかしあくまでも私感。田淵同様この地に長く住んで少しずつ聞き取ってきた彼への印象なのですが。

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2018年 山と渓谷社 出版)

安曇野市の図書館では貸出禁止になっている本がようやく文庫化されました。

田淵を知るにはもちろんその写真と文章を読むのが一番です。

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(学者村が所有している著書)

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(同著書)

巻頭のはしがきです。読めるでしょうか?

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(同著書)

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(同著書)

田淵の本は高価な値がつく希少本ばかりですがこの本だけは事務所に置いてあります。

安曇野をタイトルに入れた著作は複数におよび、この地に対する思いが伝わります。

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安曇野市豊科駅前通りを東に行った見岳町の交差点角に田淵の居宅跡があり、この様な碑文が残されています。

「この地史の落し子たちに 安らかな旅をつづけさせねばならぬ」

 

蝶のことだけでなくこの安曇野のことを思った言葉なのでしょうか?

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その自宅跡そばから見た鹿島槍ヶ岳。あいにく田淵の愛した頂きは雲の中。

ならばと、じっくり彼の足跡を読み、晴れるのを待つことにします。(お)

 

 田淵行男記念館  入館料高校生以上300円

2019年1月 2日 (水)

2019初雪

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夜半からの雪でした。(し)

2019年1月 1日 (火)

明けましておめでとうございます

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今年もよろしくお願いいたします。

穂高町学者村スタッフ一同

2018年12月25日 (火)

今年最後の1週間です

 今年も早いもので後1週間しかありません。年末年始を別荘で過ごされると言うご連絡を頂いている方が何軒かいます。写真は今朝撮った物ですが道路には雪がない状態です。

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 写真と言えば、今は携帯電話で簡単に撮れる時代です。保存した写真をディスプレイで見るだけという人も多くなって来ている様です。メールで簡単にやり取り出来るという事もあり、紙に印刷する事も減って来ている様です。古い時代を知っているだけに、現代では当たり前の事かも知れませんが本当に都合が良くなって来たと感じます。()

2018年12月15日 (土)

寒い日が続いています

 まだ寒中ほどではないのですが、日に日に寒さが増して行く様に感じます。今年の夏は暑すぎる程だったので、どんな冬になるのか心配です。

 

 寒い朝は、車もご覧の様に霜で真っ白くなっており。早めにエンジンを掛け、霜を溶かす必要があります。 

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 私の家の近所からの風景ですが、奥の北アルプスの山頂が白くなりはじめる頃から寒くなり始め、この頃一日の最低気温が0度を下回る「冬日」があたりまえ、寒中になると最高気温が0度以下の「真冬日」となり厳しい寒さになります。

 

 未だ道路には雪がなく、車にも影響ありませんが、夜間、意外と静かだったりすると、朝起きたら回りが白かったという事もあるので、夜寝る前に野外の様子を見たり、この時期は特に天気予報も確認する様にしています。()

2018年12月 9日 (日)

暦は師走です

 早くとも、又ゆっくりとも感じる一年でしたが、今年も最後の月が来ました。今年を振り返ってみる時期が来ました。今年はあれもこれもと頭の中では計画を立てても、その1/3も完成出来ていない。まるっきりいい加減な計画ではないにしろ、やはり忘れっぽくなって来ているのかも知れません。紙に書き出す事でその何パーセントかが現実化して来ると言われます。必要な事なのですね。毎年この時期になると思うことです。

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 12月も中旬ともなれば、白馬村等のスキー場開きの時期ともなりますが、今年も又雪が降らない状況になっていて延期が予想されます。交通の妨げになるほど降って欲しくは有りませんが、スキー場の関係者に取っては生活の糧になる雪の訪れを待ちわびている事でしょう。今は降雪機を使って人工的に雪を降らせる事も出来る様ですが自然の降雪には適わない様です。

  

 昨年の安曇野には128日に午後から突然雪が降り始め、周りが少し白くなりましたが、年末年始に殆ど雪が降らず、降っても積もる所までは行きませんでした。今年はまだ分かりませんが場所によって適度に降って欲しいと考えます。()

2018年11月30日 (金)

「峠」と「なでしこ」

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事務所の脇、散り積もる枯れ葉の中から一輪だけナデシコが咲いていました。

遅咲きの冬の撫子です。可憐だが寒朝に逞しく。

 

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安曇野市林道北沢線の峠です。標高1780m、色づいた山も一夜明けるだけでこの様に変わります。12月から道は閉ざされます。

 

 

 30年を経て安否を知る、撫子のような人だった。

 我は峠をゆく者なり、彼女はこの峠を知らない。 

 

 

2枚の絵をつなぐことができるのはやはり物語です。それぞれの“ものがたり”がたくさんの人に届けばいいのですが。(お)

2018年11月27日 (火)

柴野邦彦2019カレンダー

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“今こっちに来ていてもう帰るんだが、ちょっと顔出さないか?”

忍ヶ丘の柴野さんから嬉しいお誘いの電話がありました。

行ってみると変わらない笑顔で迎えてくれるいつもの面々。夏中は忙しくて会えずじまいですまないと、1ヶ月前にはクライミング中に滑落し、右足をぐちゃぐちゃ骨折。金属のパイプを入れボルトで固定、現在松葉杖でリハビリ中。すごいのは、にもかかわらず復帰登山の日程を既に自分で決めている御歳75歳であるところ。

 

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中房温泉への古道復元を相談すると親身になってアドバイスしてくれます。今回も“全国の遊歩道整備に携わる山渓元編集長の有力者”に私のことを話してあるとの励まし。うかうかしていられません。背中を押されるというよりもケツを蹴飛ばされている気分です。

 

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顔が広くマルチプルな才能を持つ柴野さん。今年も来年の素敵なカレンダーを作られました。釣り人であることを第一に称える柴野さんですが水彩画もますます熟練し、透明で何か気配のある仕上がりになっています。

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それになんといっても「字」が素敵ですね。この流暢で味のある字が大好きです。カレンダー部分も全部手書きなんです。

 

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以前頂いた柴野さんの著書「フィッシング・ダイアリー」です。釣りをする人はもちろん、しない人も存分に楽しめます。特に書き下ろしの2編が絶妙なエッセイ集。

 

 お問い合わせは「プロモビス」まで 

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最後のこれは自慢になってしまいましたね。

今回は管理人Bも熱狂のあまり少しばかり前に出てしまった様です。 (お)

2018年11月24日 (土)

里山にも白い物が

 安曇野穂高のシンボル有明山にもうっすらと雪が降りました。2日ほど前に夕方から平地ではみぞれ混じりの雨が降った時のものですが北アルプスも大分白くはなっていましたが、いつでも撮れるはずの写真がその後の曇り空でしっかり雲に隠れていて撮る事も出来ません。

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 この様な低い山に雪が3回降れば、平地にも降ると聞いたことがあります。こちらでは山の雪の量を見て冬の準備をする様になります。典型的な物として、車の夏用タイヤからスタッドレスタイヤに履き替える様になります。

 

 丁度今頃から来年の3月末頃まで、何時降るか分からない雪に対しての準備をする時期が来ました。今年の夏は暑過ぎる程の気温でした。暖冬でいてくれればと思っていても、どんな冬になるのか想像もつきません。

 

 山には多少降っても仕方ないのですが、この車社会、車の通行や通勤、通学の足元に影響が少ない状態で、春先まで過ぎて欲しい物です。()

2018年11月17日 (土)

晩秋模様です

 11月も半ばになり、今年も残すところ1月半と時間の経過するスピードは同じであっても何か速さの感覚は人それぞれに違いがある物と思います。何かあっという間に過ぎるかと思えば、待つ身になると非常に長く感じるという事があります。

 

 春先に芽吹き、夏の間は緑を濃くし梢や枝等を太陽の日差しから護る様になり木々を覆うっていた木の葉も秋の訪れと共に赤や黄色に色を変える紅葉のシーズンを過ぎると枯葉となり地上に落ち葉の絨毯を作り出す。

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 新緑と紅葉のシーズンは気分的にも意気揚々ではあるが、今の風景を見ると何かさみしさがある様に思えますが、自然のサイクルを繰り返し回しているだけなんですね。樹木もしばらく休眠時間に入ります。又、来春も緑の便りを届けてくれる事でしょう。()

2018年11月15日 (木)

秋色コンピ

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安曇野の西山の前山の裏側、全面に植えられたカラマツの山。それは壮大なオーケストラ。

 

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分け入って逆光の黄葉とササミドリ。オペラのようですか、それともロックンロールですか。

 

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里の庭からはジャズィーなナメコ(栽培)がぞくぞくと出始めました。

  

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こちらは「ムラサキシメジ」食べられます。ソウルフルなバラードですね。これが出るとキノコシーズンもそろそろ終わりです。

 

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古葉の上に毎年降り注ぐ夥しいポップな新曲たち、不思議だと思いませんか。こんなにも溢れている中で一つも同じ曲がないなんて。

 

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秋は絢爛に音楽の鳴り止まぬ季節。

 

安曇野コンピレーションアルバム。学者村もその一つの楽曲です。(お)

 

2018年11月 9日 (金)

有明山登山 その3

下山開始は12時30分、裏参道といわれる中房側へ降りるコースです。来た道を戻ろうかとも思いましたが。登りの時の道のりを考えて少しでも楽な方を選びました。北岳から西に伸びる稜線を下ります。

 

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西側の斜面はシラビソ林が広がり、松葉が堆積した登山道が遠くまで続いています。

 

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この松葉はシラビソのものではなく、おそらく「ゴヨウマツ」ではないかと思います。

ゴヨウマツは岩山の条件の悪い所にも生えるとか。おかげで尾根筋の道は松葉の絨毯でキレイに飾られている様です。

 

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最初のうちは傾斜も緩く、林立する木々の木漏れ日の中を気持ちよく歩けます。

 

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このような岩を見て、一体いつからここにあるのだろうと想像してみたりもします。

 

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8合目まで下がりました。ここからが急な下り坂になります。

 

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有明山の登山道は根がむき出しになって地表に這い、とても危険な反面、急坂では良い手掛かり足掛かりになってくれます。気の利いた所にあるものは何人もが触るものですからツルツルになっています。

 

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生きた木に2本の枯木が寄りかかっています。その内の1本は完全にぶら下がっている状態です。

 

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確か6年前にここを通った時もこの状態でした。吊るされた白骨死体。例えばこんなことから山の怪談話が生まれるのかもしれません。

 

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13時頃、2100m付近から南東を眺めてみます。

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もちろんこちらのコースも鎖場やロープはたくさんあります。

 

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2030m、この辺りから傾斜はさらに急になります。

疲れた脚に急な下りはこたえます。片足ずつ一歩一歩慎重に進みます。

 

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こんな石もありましたよ。

 

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標高約1800m、気がつけば4合目まで降りてきています。

 

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沢の音も聞こえ始めました。

 

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林相もカラマツからヒノキへと変わっていきました。

中房線の道路から約700mの地点、この辺もけっこう急で斜度60%(30度)を超えていました。

こちらの中房側から登る場合、登り始めですぐに急登になるわけですから「裏参道」も侮れません。頂上まで標準3時間のコースとなっていますが、かなりハードな3時間となりそうです。

 

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最後にはこんな長い梯子に出会いました。

 

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「三段の滝」近くの道標です。

 

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「三段の滝」です。

 

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これが「たる沢の滝」です。ここから有明荘などに飲み水を引っ張っているようでした。

 

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有明山三段の滝登山口です。振り返ってパチリ!

 

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14時26分 標高1360m 有明荘に着きました。

歩行距離 8.km 時間8時間16分(休憩含む)

登り5時間ちょうど 下り1時間55分

 

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まあなんとか生還できました。今回も生かされたようです。改めて有明山に感謝です。

有明荘のお湯は疲れた体に染み渡るようでした。不思議とこのお湯に入ると翌日まで疲れが残りません。中房温泉行き乗り合いバス15時58分の最終で黒川沢登山口まで送ってもらい、一筆の輪ができました。

 

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晴れていれば頂上からはこのように見えたはず。(2012年)

   

 

【 おまけ 】

 

標高2100mから登頂までを動画に記録しました。

30分を13分に縮めてあります。(お)

2018年11月 6日 (火)

有明山登山 その2

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「落合」を過ぎてすぐ、尾根上にこの岩が現れます。もしかしたら名前がついているかもしれません。ロープにつかまりながら岩の切れ目に足を運びます。

 

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10時、稜線途中にあるお宮が見えました。

 

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標高でいうと1960mくらい。どこの神様を祀ってあるのか私の知識ではわかりません。調べてみる必要がありそうです。

 

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この辺りから大岩が露出していてその間を縫うように急登して行きます。

 

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梯子やロープを掴みよじ登り抜けたと思ったらまたよじ登る。両足はパンパンです。だいぶ疲れが溜まってきました。周囲を見渡して楽しむ余裕など全くありません。

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それでもと岩に取り付いて下界をパチリ!

 

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頂上が間近に見えるのですがなかなか距離が縮まりません。

“あれーまだこんなところ?”とか、“勘弁してくれよ~”とか、ぼやきを無意識に連発しています。

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ちょっと行っては立ち止まり上を見上げては途方に暮れるのです。

 

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10時30分 標高2100mの地点で小休憩。ここから頂上まで、気持ちを奮い立たせて根性をみせます。

高度差163m、距離243mを30分もかけて登りました。ピークを超えてはトラバースし、その連続で最後かと思った先に再び現れる壁に気が遠くなり・・・

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11時10分 ようやく北岳頂上に着きました。写真は鳥居の右下から登ってきてお社の前で振り返って撮ったものです。

 

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何はともあれ手を合わせて無事の登頂を感謝します。「有明山神社」の奥社は中岳と南岳のものがそうだとしていて。鳥居(鳥居には有明山神社と書いてある)のすぐ横にあるこの社は松川村に里宮がある「有明山社」の奥社であるとの記述を後日、ネットで見つけました。ややこしくて分かりづらいですね。ただ上の写真の右下の看板を見ると松川村の馬羅尾キャンプ場へのコース案内をしていますから松川に鎮座する「有明山社」の社だと察しがつきます。有明山社からすれば馬羅尾のコースが表参道になるわけですから。

 

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頂上から大町方面を望みます。

 

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北岳の社の裏を通って中岳を目指してすぐに三角点があります。ここが2268.4mの有明山の頂上になります。三角点は2等です。

 

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さらに南に向かい、稜線上の大きな岩がこの山の正体を見せています。

 

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振り返ってみたところです。

 

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中岳の社に着きました。

 

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中岳から北アルプスを眺望するもあいにくの雲で見えませんでした。大天井岳のあたりだと思うのですがきっと雪になっているでしょう。時々粉雪がこちらにも舞ってきました。

 

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中岳の辺に実はもう一つ社があります。だいぶ荒れています。中岳の社の古いものでしょうか?よくわかりません。

 

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そのすぐ隣には大きな平地があって、もしかしたら昔はここに今のものより大きな社があったのではないかと想像させられます。

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多くの人がここで引き返すようですが今回はもう一つ南岳のお社までお参りします。

またしてもこのような道をゆくのです。

 

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北岳から約500mかかった時間は20分。これが南岳のお社です。

 

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参道はここで終わりです。これも「有明山神社」の社のようです。

 

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お腹が空きました。南の神様と一緒に昼食にしました。登山での昼飯といえば絶対にカップラーメンと決めています。失われた塩分補充にもなるし、軽いし、なんてったってうまい!からです。

 

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北に戻りながら、不思議に思うのは頂上だというのに大きな岩が不規則に重なっていることです。

 

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中には下に深く洞窟のようになっているところもあります。

例えれば駒があちこちバラバラに重なっている「将棋崩し」のような状態なのです。

 

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アルプスは見えずとも安曇野はこのように見えました。

 

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西の斜面を見下ろしてみます。シラビソやツガなどが密生しています。

 

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シャクナゲは下から上までずっと目にしました。花の咲く頃はさぞかしきれいでしょう。

 

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12時30分、さて北岳のお社に戻ってきました。写真の杖は妙見の滝の流れの中から授かったものです。途中何度も捨てようと思いましたが留まり、離さず登頂を共にしました。ここまで来れたのもこの杖のおかげかもしれません。きっと霊力があるのです。宝剣を納めるように神様にお返し(この時はこの社が有明山神社の奥社だと思っていたので)して、いざ下山です。   つづく  (お)

有明山登山 その1

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「有明山」を一人で登ってきました。しばらく仕事に詰めることになりそうで、また雪が降る前にと考えて、飛び込みで行ってきました。ここ数年なんだか無性に登りたくなっていたのですがなかなかタイミングが合わなかったものでして。ですが、なにぶん素人登山ですから遭難やむなし、決死の覚悟でチャレンジしてきました。

今回はその表参道といわれる黒川沢から登り、中房温泉側の有明荘まで抜けました。

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10月29日 6時10分。標高854m 表参道 黒川沢登山口 中房線との交点からスタートです。

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しばらく行くと表参道の登山口入口に着きました。ここまで車が入れるようです。

 

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なかなかちゃんとした看板があるではないですか。

 

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最初の内はうるさいほど赤やピンクのテープで目印が細かく付けられていて迷うことはありません。

 

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最初に目にした梯子です。現地の樹々を利用した手作り梯子が所々頂上まで続きます。

 

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一度沢から離れて再び沢間近を登ります。

2万5千分1の地形図に載っている登山道から大きく迂回して道がつけられています。斜面が崩れて道がなくなったためでしょう。

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7時40分 標高1380m 。「妙見の滝」に着きました。

 

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妙見の滝のすぐ横にはこのような大きな石が沢を塞いでいます。

 

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その脇を鎖とロープに掴まり、濡れながらよじ登ります。

 

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8時ちょうど、大きく崩落したガレ場の先に「白河の滝」が見えてきました。

 

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本来白い花崗岩を赤茶色に染めています。「白河」とはイメージが違いますね。ついでに云うと国土地理院の2万5千分の1の地形図では妙見の滝と白河の滝は実際よりずっと上の方に間違って記されています。

 

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いつ石が剥がれて落ちてくるかわからない、休憩もそこそこに自ずと足も速くなります。

滝から少し下がった右の崖に鎖が長く垂れていて取り付いて登ります。

 

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その先にはこのような石柱が所々現れます。はっきり合目を書いてある標もありましたがこのようによく読めないものもあります。

 

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さて、斜度70%を超える有明山一番の急登の始まりです。

 

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しばらく行くと岩同士が寄っ掛かりトンネルを作っている所があり、その中を通れと矢印が。

大岩にはスプレーで、立足(たてあし)、嵩下(たけのす)、豊里(とよさと)、古厩(ふるまや)とスプレーで書いてあります。これらは穂高有明の部落(字)の名前です。有明山は里の各地区が持ち回りで維持管理されています。

 

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それにしてもなんだか落書きにしか見えません。

 

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この穴を通って進みますが急登はまだまだ続きます。

 

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さすがに信仰の山です、このような石碑をよく目にします。

 

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そして樹林の中に大岩が ぬぅ!と現れるのもこの山ならでは。

 

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木の根をうまく利用して梯子を作っています。一箇所を除いて頂上までこのような造作が続きます。現地の木を使うのは搬入の労力が要らず、また高地の成長の遅い年輪の詰まった材を使うことで硬く丈夫で腐らない梯子を作ることができ、とても合理的なのです。実際に古そうに見えるものも、足を掛けてみると芯がしっかりしていてグラつくこともありません。

 

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急登中の木々の合間から頂上が見えました。なんと遠いことか。

 

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少し緩くなって笹薮が現れ、その向こうの鞍部が「落合(おちあい)」です。

 

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里から見た有明山の右の稜線を下げて行くと小さな小山(1904m)にぶつかります。

そこが「落合」といって北から登ってくる松川村の馬羅尾(ばろお)高原からのコースと落ち合う場所なのです。

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9時27分 標高1865m この「落合」で一本休憩をとります。

 

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落合からみた安曇野です。ここから頂上まで標高差400m。なんだ400かと高を括るも登り始めてすぐにその楽観は悲観に変わってゆくのでした。 つづく (お)

2018年11月 5日 (月)

有明山 Azumino Chisel

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標高は2268mと後ろのアルプスの山々に比べて500~600m低く、頂上まで樹林に覆われていますが、安曇野の穂高や松川あたりで一番、存在感のある山はこの「有明山」(ありあけやま・ありあけさん)です。有明山は通称「安曇富士」と呼び習わされているように、正面(安曇野側)から見ればきれいな台形を誇っています。しかし、山というのは見る角度を少し変えるだけで全く違った様相を見せてくれます。ひとたび北の松川村から見上げるとその姿は途端にセムシのごとく前かがみに変わってしまいます。

上の写真は南側、中房線の中部電力第五発電所から見上げた有明山です。頂上はわずかに見えないまでも明らかに有明山の山稜です。里からは見ることのできない有明山の別の顔です。

下の写真は発電所から少し標高を上げた林道から撮ったもの。

正面に対して南の真横からの視点になります。かなりとんがっています。すぐ奥に見えるのは2283mの名もないピーク。さらに奥にあるのが東餓鬼岳だと思います。

ここから見える有明山の左の稜線は有明山の南岳から西に伸びる尾根筋で、これがなければ有明山はもっとエッジの効いた鋭い姿を見せていることでしょう。実際に頂上を南北に歩けばその幅のなさを実感します。

登るにつれ、ますます急峻になる姿は鋭利な刃物そのもの。そんなイメージから私は密かに有明山を“Chisel”(チゼル 平鑿)と名付けています。
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Google Earthグーグルアース」を使って上の写真に近いアングルを探してみました。↓

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↓今度は東に回り込んで山頂上空より中房川を見下ろしてみます。谷の深さがよく見てとれます。

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花崗岩帯の隆起と浸食によってつくられた岩山は有明山に限らず北アルプス全体がそうですが、

折り重なるよう、積み重なるように大きな石たちを寄せて盛ったような不自然な山体をこの有明山は見せています。だからこそでしょうか?神力の宿る霊峰、信仰の対象には充分過ぎるほどのオーラを持っています。(お)

 

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2018年10月28日 (日)

秋晴れが続きます

  秋晴れに木の葉も色を変えそよ風に揺れています。今週に入り急に葉の色付きが増してきました。

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 11月に近づき、冷えこむ日もあり紅葉も進んだと思えば、今日はこの時期としては暖かく、この時期の身支度をしていると少し暑く感じる程です。こうして寒暖を繰り返し、徐々に秋も深まっていきます。朝は少し霧が出る日が続いています。霧の出る日は青空が色濃く清々しく感じます。()

2018年10月16日 (火)

紅葉はこれからです

 毎年この時期になると、紅葉の話題が出ます。管理事務所の周囲ではサクラなどの紅葉の早いものが少しずつ色変え始めています。

 

 毎年の事ですが、今年も大峰高原へ行って見ました。

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大カエデは未だこれからです。

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回りの小さな木が色付いてきています。高原でもまだといった感じです。

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 最盛期にはチラシの様な紅葉も見る事が出来ます。10月も下旬ころになれば見頃を迎えます。ひと月くらいは楽しめそうです。機会がありましたら見て頂きたいと考えます。()

2018年10月14日 (日)

ハーフビルド

基礎工事や建前、屋根葺きあたりまで業者にやってもらい、主に内装などを自分で施工することを「ハーフビルド」と言ったりします。建築坪単価が安くなるようですが資材や設備は同じようにかかるわけですから人件費が多少抑えられる程度だという人もいます。ただ自分の好きなように作り込むことができ、他人任せでない家づくりへの誇りを持つことができる点でやりがいは大いにあると思います。

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(7月9日)

この前ご紹介した鈴玲ヶ丘のKさんのログハウスです。今から3ヶ月前はこんな状態でした。この後ほどなく屋根が葺き上がりサッシがはめられ、窓ガラスがつきました。

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(9月14日)

 

この頃には電気、水道や給湯設備など最低限生活に必要なものは全部揃ったようです。

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業者の車が姿を見せなくなり、いよいよここから自分だけで進める「インテリア」の施工ということになるのでしょうか。在来工法では床を敷いたり、天井を張ったり、建具を組んだり、壁紙を貼ったりということになるのでしょうがログハウスの場合はどうなのでしょう?

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現在はこのようになっています。中はどうなっているのかわかりませんが、施主はすでに移住してこちらでの生活が始まっています。住みながらくらしに合わせて付け加えたり直したりを繰り返して理想に近づけてゆく。ただしかし、どこで妥協し完成とするか。根幹となる理想が時代の価値観に影響されるなら、家づくりも留まることを知らず常に変更を余儀なくされるもの。セルフビルドではいつまでも完成しない家を目にすることがあります。

でも当然といえば当然。その人にとって家づくりが生活そのものなのですから。(お)

2018年10月 5日 (金)

マツタケ遊人

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採れました!

といっても私が採ってきたものではありません。付き合いの長い友人に先月末の週末に誘われたのですが、あいにく先約があり行けなかったのです。結局、雨が降りこちらの予定も流れましたが・・・

降りしきる悪天候の中、友人は28本ものマツタケを採ってきたのです。一緒に連れて行った若い教え子達に多くを分け与え、写真のものを私に“おすそ分け”というわけです。

実は彼と連れ立って最初にマツタケを発見したのはもう5~6年も前のこと。その時は二人とも興奮して大はしゃぎしたものです。その年はマツタケの大豊作の年でした。しかし翌年は全くの不作年。興味を削がれマツタケから急速に離脱してゆく私に対して、彼は地道に粘り強く研究と経験を重ね、今や多くの誰も知らない「シロ」(発生場所)を押さえ、今年の採れ高の予想までつけられるようになりました。一昨年は仕事の傍ら200本以上収穫したそうです。

彼曰く、今時のキノコ採りは最新テクノロジーを積極的に取り入れなければダメとのこと。まず、航空写真や衛星写真でアカマツやツガなどの林分情報を地形図に重ね、出そうな尾根筋とその周辺に当たりをつけ、パソコンで歩くルートのコース取りと時間割をします。現地入りは当然GPSを利用。採れた場所は写真と共に電子地図にポイントを落として記録します。マツタケは毎年必ず「シロ」周辺から出ます。一度発見した場所を覚えておけばそのすぐ近くで次の収穫が得られるのです。最近のGPSの誤差は2~3m。つまり頭の中で場所を覚えずして楽に確実に見つけ出すことができるのです。

そうそう、それで思い出したのがマツタケだけで二人の息子を大学まで出してあげた何処ぞの田舎の「ばあさん」の話。自分の持ち山だからかもしれませんが、何の目印も付けずに頭の中でなんと500箇所の「シロ」を迷うことなく記憶していたというから凄い! 一つのシロで少ない年でも仮に3~4本採れれば売価で1万。500ヶ所なら500万ということになってしまいます。

日本における「マツタケ」はそういう特殊な林産物であるということは間違いないでしょう。

ただその「ばあさん」もそして私の友人も金儲けのために採っているわけではないことは強調しておきます。こと友人は欲しがる人に糸目を付けずに配ってしまうようです。奥さんからもなじられているようですが本人は意に介さず、採ることの優越感が何よりの原動力のようです。

蕎麦をおごって別れ際、友人はシーズン終盤の入山者が減るこの時期の探索がさらなる深みへと誘うのだと新地シロ開拓に意欲をみせています。私もとっくにその気になり賛同し、早くも来期の皮算用をしているのでした。(お)

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