2017年10月
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2017年10月19日 (木)

Gのデザイン

 

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学者村でも雨模様の空が続いています。

晴れた日の乾いた「きらびやか」な見え方も良いのですが。

このように雨に包まれて音の無い「しめやか」な世界も良いものです。

 

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 落葉していたのは「ヒトツバカエデ」。地面に重なる順番もテラスに散らばる配列も、何かの意志が働いているように思えてきます。

 

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普段見えなくても雨のフィルターを掛けると現れるデザインもあります。

 

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アカマツの切株に斬新な筆を走らせたのは誰でしょう?

白と黒のコントラストを使うのは人間ばかりと思っていました。

 

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時が経てば消えてしまうこれらのサインは自らを存続させることにまるで執着していません。ですが変幻自在に見えてそこには全て「ことわり」があるようです。

 

たとえ訳せなくともせめて、私は注意深くそれらを見逃さないようにしています。  ()

2017年10月18日 (水)

着手前&完了

伐採工事前後の写真です。

安曇野市の松くい虫被害拡大防止対策事業で枯マツ8本を伐採しました。

 

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↑ ビフォア    ↓ アフター

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やはり、スッキリ無くなるということがキレイになるということでしょうか?

 

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生かす木と殺す木、樹種に優劣をつけるなら人にとって樹木は必ずしも重要なものではない。といえるかもしれません。ともあれ工事は無事に完了しました。(お)

2017年10月17日 (火)

宙に浮くドングリ

 今年は野山のドングリが豊作だそうです。豊作の年だからではないのですが面白い物を見つけたのでご覧ください。

                             

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 不思議な写真ですよね。どうなっているか分かりますか?グットタイミングでシャッターを切っている訳ではありません。

 

私も初めて見ました。ヒントは偶然なんですよね。

 

種明かしをします。マジックでもなんでもありません。クモの糸なんです。たまたまドングリが落ちてきました。たまたま真下にクモの糸がありました。普通だったら糸は切れてドングリが浮いた状態にはならないはずです。幾つかの偶然が重なって出来た産物です。

明日、同じ場所へ行っても既に落ちているかも知れません。()

2017年10月13日 (金)

栗拾い

猪鹿の牧の巡回先のお隣りにクリの木があって・・・とにかく実がたくさん落ちていて、わぁ!もったいない!と一人声を上げ、自分のものでもないのに誰かに先を越されるのが許せなく思えてきて、自分の正当性をあれこれ強引にこじつけて拾い始めます。ですが例によってこういう時に限って容れ物がありません。捜しあぐねて目に留まったのが車にあったポリ手袋・・・・というわけでこうなりました、ちょっとコメディ。

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採ってみると我にかえり、そもそも自分の欲気で拾ったわけじゃないと今度は言い訳。だからそっくりこちらに置いていきます。

 

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でもこのまま帰ればクリもカビて今度はちょっとスリラー。 

世間ではよくある話かも。

 

後日別のかたちに置き換えます。 (お)

2017年10月12日 (木)

観光穂高ガイド

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ちょうど学者村6カ村を含める範囲

安曇野穂高の北西部をご案内します。

 

 鈴玲ヶ丘学者村 学者村の代表格、広くて明るい

 つつじが丘学者村 近隣は別荘地の歴史深い

 天満沢学者村 カフェ レストラン ギャラリー おしゃれ街

 忍ケ丘学者村 山麓高台に展開、買い物便利

 鎧塚学者村 ニッチな隠れ家

 猪鹿の牧学者村 真っ黒な土、最も自然に近い

 中房川 やや緑かかった清流

 穂高川 中房、乳川、烏川の合流河川

 烏川 水の色が黒いのでカラスとも

 高瀬川 槍ヶ岳付近を源流とする

 碌山美術館 東洋のロダン荻原碌山

 穂高駅 新宿から直通「あずさ」あり

 穂高神社 穂高安曇族の本宮 お船祭り

 松尾寺 国重要文化財(薬師堂)

 有明山神社 山岳信仰 有明山山頂に奥宮あり

 アートヒルズミュージアム ガラス工房 

 穂高カントリー/安曇野カントリークラブ ゴルフ好きなら

 安曇追分駅 今はなき池田鉄道との分岐路だから追分

 国道147号線 大町以北は148

⑳ 富士尾山 北アルプスの前山の前山

㉑ 浅川山 牧地区の御山 浅川という氏名多い

㉒ 有明山 天の岩戸伝説あり、別名 戸放し山

㉓ 中房温泉 この写真では有明山の裏側にあたる名湯

 

 

木の葉も色づいて良い季節になりました。

是非とも皆様お誘い合わせの上お出かけ下さい。 (お)

2017年10月11日 (水)

Side by side

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左は常念岳と横通岳、右に燕岳と有明山。別々に撮った写真をつなげてみようと試みて、でもうまくいかない。ならばこのままでいこうとちょうど大天井岳を犠牲にして並べてみる。

どっちが良いとか悪いとかなく、似たような風景、だけどつながらない。

 

安曇野市では市長および市議会議員の選挙戦真只中。掲示板に並ぶのは可もなく不可もなく似たような顔ぶれですが、それぞれはやはりつながらない。

ならばその間にあるものを想像するしかないなあって思うのです。 (お)

2017年10月 7日 (土)

ロストル

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外で焚き火しながら一杯やるなんてことがちょうどいい季節になりました。

 

ここは別荘地、庭は十分広い。掘り出した石を並べて囲炉裏を作り、さてとアレがないじゃないか、五徳のような鉄で出来た格子状の台のこと(火格子)。巷では「ロストル」と呼ばれているらしい。

 

さっそく作ってみました。鉄筋棒を買ってきて切り揃えて平らな場所に置き固定して溶接。

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溶接は両側から点付けするだけ。

 

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脚の曲がりは最後にやりました。バーナーで真っ赤に炙ってエイや!と曲げます。

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さて、こんなのができました。普段の仕事ぶりからすれば珍しく早業でした。

 

そうだ!鈴玲ヶ丘のHajimaさんにも作ってあげよう! きっと喜ぶに違いない。

 

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ロストルは“rooster ”でオランダ語とか。同じ綴りで英語では“雄鶏”になる。

 

「ロストルに乗せてニワトリを丸焼きにした」

rooster on the rooster to roasted

 

そうだ!忍ケ丘のShibanoさんに聞いてみよう!これでジョークが作れないかなと。 (お)

2017年10月 6日 (金)

中秋の迷月

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明日はどうせ雨だからと昨日の夜に撮った満月一歩手前の月。見上げると妙に明るく大きく輝いていて心を惹きつけます。多くの被写体がある中でなぜか月に限って宝石のよう。手に入れたいと欲望が湧き、ジリジリしながら車を走らせ追いかけるのです。そしてシャッターを切る。何枚も何枚も。しかしいつもそこに写るのは水面の月のように実体のない虚ろな残像。また逃げられた! 

いまだかつて満足のいく月は一度も捕らえていないのです。

 

子供の頃、車窓から見る月はどこまでも追いかけてきた。いつからか逆に追かける身になっている。しかし奴さん、巧妙にますます逃げ足も速くなっている。

 

“俺がじゃない、ただお前が老けたのさ” 月が笑っている。 (お)

2017年10月 5日 (木)

今朝の有明山

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事務所の温度計、最低気温は4℃を指していました。

昨日、今日と秋らしい空にぽっかりと有明山です。

 

この様に雲を纏った有明山を木々の合間から眺めると海に浮かぶ島のようだと。

この地に流れ着いた九州安曇族の感慨を見事に推し量る。そうだ確かにそう見える。

 

出典: 坂本 博 「信濃安曇族の謎を追う」近代文芸社   (お)

2017年10月 4日 (水)

コスパ最強

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伐採した枯マツを軽トラックに積んで運び出す。高さ20mのマツ、幹の部分1.5本分くらいかな。

軽トラって便利でしょ?こんなに乗るんですよ。小回りが利いて頑丈で良く仕事する。コスパ最強。  え? 過積載なんじゃないかって? ・・・ そんなことはありません‼ (お)

2017年9月25日 (月)

紅葉の始まり

 9月最後の週になりました。陽気的には大分過ごしやすくなって来ており、涼風に揺れる木の葉も色を変え始めました。昼間の23前後でそれ程気温も上がらず過ごしやすくはなって来ましたが、朝晩は少し込む日もあります。やはりこの時期ならではの事です。

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  一番早く色を変え始めたのは桜の葉です。夏の暑い日差しから幹を守るために緑に繁った葉もようやくその役目を終え、やがて散りゆくまでの間に赤や黄色に色を変える紅葉の時期があり、私たちの目を楽しませてくれます。

 

 四季折々の風景も毎年繰り返されている様ですが新たな発見もあります。秋はまだ始まったばかりです。北アルプスの山頂が白くなるまでには一月以上あります。紅葉のシーズンに是非、安曇野へお出かけください。()

2017年9月11日 (月)

郷土の祭り

 私が住んでいる地域は各地区で9月に例大祭があります。私の地区は一本木神社があり、上一と下一二つの地区が合同で勧める様になっています。約1ケ月半ほど前より私も年番という役割で会議を繰り返し、2週間前より準備をしてきました。

 

先ずは鳥居に取り付ける注連飾り造りです。

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藁を編んで行くのも、指導者の人から教わりながら何人かの力を借りて作り上げていきます。

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皆の力で作り上げた、この注連飾りは祭りの前日に、鳥居に飾り付けられます。

諸々の準備作業を終えて本番を待ちます。

 

 お祭りは9日に宵祭り、10日に本祭り(昼祭り)になります。宵祭りは獅子舞の神楽を奉納する様になっています。

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  これも下一が先で上一と両方で約1時間掛かります。

 神楽も無事終了すると、祭りの催し物が始まります。今年は勇壮な太鼓の音を楽しむ事が出来ました。約1時間余りの中に観客を巻き込んでの時間を取りながら楽しいひと時を作って貰いました。

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宵祭りが終わります。

 

 変わって翌日昼祭りです。上一で5つ、下一で2つの子供神輿がお宮の境内を練り歩きます。

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その後は昨晩と同様の獅子舞と女子の浦安の舞の神楽が行なわれました。

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 私も40年程前は地区こそ違いましたが、近くに働く18歳~24歳の未婚の男女が若樹連の一員として男子は獅子舞を、女子は浦安の舞を奉納していました。今は何処の地区も人が少なくなり、獅子舞は保存会に頼り、浦安の舞も中学生が躍る様になってきています。これも少子化の影響でしょうか。今年は年番という仕事を通じ、これから未来へも伝えていくべき行事であると感じました。()

2017年9月 7日 (木)

リンゴの季節

9月に入ってここ安曇野では急に涼しくなりました。昨日今日と天気は雨模様。夏の余韻を感じさせることもなく冷たく湿っています。しかしそんな沈んだ中でもふと体が軽くなることもあります。

 

忍ケ丘学者村にお住いの福本さんからリンゴを頂きました。福本さんは安曇野三郷にリンゴ園をかまえる農家です。ちょっと離れたこの学者村を気に入られ土地を買っていただきました。“日頃から良くしてくれてるから”と福本さんの弁。嬉しいじゃありませんか。感動が心から溢れる瞬間です。

 

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人と人が出会って仲良くなることは無上の喜びであり無類の価値がある。よかれと思うことを無理のない範囲で世話を焼く、金はかけないが手間暇は惜しまない。そして決して人の裏側に回り込んだりしない。そんな振る舞いが自然体でできるようになりたいと思っています。

 

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頂いたのは「つがる」この辺りでは一番早い品種です。

“昨日摘んだばかりだけど「つがる」は足が早い(ボケやすい)から親戚ご近所などに配ったら” と福本さん。

 

安曇野ではリンゴの季節が始まりました。

頂いたリンゴは親戚なんかには回さずさっそく新しい出会いにおすそ分けしました。そこからウキウキが伝播していくようにと、次第に気持ちがリンゴのように熟れて赤くなりますようにと。 (お)

2017年8月31日 (木)

屋内掃除

学者村ではご来荘にあわせて屋内の清掃を承っております。

この夏もたくさんの方々からご注文をいただきましてありがとうございました。

誠心誠意作業させていただいたことをこの場を借りてお伝えします。

 

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(掃除道具セット)

 

実際の掃除内容をご説明いたしますと、まず外から雨戸のサッシレールなどにたまった落ち葉やゴミなどを掻き出します。次に屋内に入り窓を全部開け風を入れクモや虫を殺虫剤で駆除します。サッシのレールをブラシでこすり、電灯の傘や棚、家電の上などのほこりを拭き取った後、かけられる所全てに掃除機をかけます。

建物の規模にもよりますが大体ここまでで90分ほど経っています。専用の洗剤を適量溶かしフローリングの水拭きをします。またはテレビCMでおなじみの「ク○ッ○ルワイパー」で水拭き、畳などは同製品の空拭きもします。風呂、トイレ、洗面台、流しの水回りをきれいにし、さて、窓拭きに移ります。床にゴミや汚れがないこともさることながら窓ガラスがきれいなことがその家の清潔さを象徴していると思います。まるで無いかのような透明度のガラス窓はとても気持ちの良いものです。

 

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終盤に入りテーブルやカウンター、建具や手すり。埃のたまりやすい所を水拭きで仕上げます。ベランダやテラスのある所はそこもきれいにします。部屋ごとに消臭剤を撒き玄関を掃き清めて終了です。

 

一人で作業した場合、一軒当たり3時間から4時間。半日の仕事になります。

なお、当たり前のことですが掃除機などの道具類や洗剤などの消耗品すべて用意し、ゴミも持ち帰ります。ただ掃除に要する水道と電気は使用させていただきますのでご了承下さい。

ご来荘日直前の施工を心がけております、余裕をもってご注文をお願い致します。 (お)

2017年8月 5日 (土)

白馬五竜高山植物園へ行ってきました

 とおみ駅よりテレキャビンに乗って行くと植物園へ行く事が出来ます。たまたま友人と会い、ちょっと行って見ようという事で決めました。たまにしか乗らないので、少しの高所恐怖症のある私には10分足らずではありますが、足腰に力が入ります。アルプス平駅に着きました。あいにく天気は曇りではありましたが多くの種類の花を見ることが出来ました。

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 雪が降る冬のシーズンは一面真っ白くなりスキーやスノーボード等を楽しむゲレンデに変ります。

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 ササユリという花です。時期的に少し遅かった様です。 

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 今、一番綺麗な状態のオオハギボウシという花です。

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 非常に多くの種類の花が6月~9月頃まで楽しむ事が出来ます。穂高の管理事務所から北へ30㎞位行くと白馬五竜のとおみ駅へ行く事が出来ます。安曇野へお越しの際は計画に入れられてはいかがでしょうか。()

2017年8月 4日 (金)

熊ノ原

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今回で都合3回目の大峠に関する探検です。上の写真は大峠そのもの。乗っ越しの部分です。倒木やら笹やらで分かりづらくなっていますが。幅も高さも3~4mほど掘り崩されて道が出来ています。林道北沢線の峠から300m北に分け入った所に地図通りに存在していました。

 

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今回は峠から戻るように下り、600~700m行った所の平らな場所を探険しました。

 

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昔の道の痕跡を探しながら沢筋を下って歩くこと約30分。シダ類の繁茂する河岸の向こうに陽の当たる広い場所が見えます。目的地に着いたようです。

そこは周りの谷から押し出されて土砂が平地を作り、草本類が繰り返し堆積した湿地帯になっています。

 

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背丈ほどもある草たちで覆われていて足下には隠れて細い水の流れが何本もありました。巨大化したイタドリやバイケイ草、セリやトリカブトの仲間など想像していた以上に草が厚く生命力に溢れています。だからでしょうか植物ではない生命の気配も感じました。

 

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至る所で草が押し潰されています。最初は山菜採りかと思いました。それにしては不必要になぎ倒されていてまるで大きなものがゴロゴロ転がった様な跡の付き方です。時々瞬間的に臭う獣臭と。

 

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イタドリの茎があちこちで食いちぎられています。

これらの仕業の主が「クマ」であることは間違いないでしょう。

 

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大声を出し、鈴を鳴らしながらしかし、歩きやすいのでクマの通った後を進みます。幸いクマたちは既に逃げ去ったのか最初から留守なのか出会うことはありませんでした。

 

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二色の糞が並んでいます。同じクマのものかそれとも連れグソか?鉈ですくって匂いを嗅いでみます。思ったより匂わず。粗食なのか?あるいは日が経っているのかと色々推測します。クマにとっては要らない排泄物ですがそこからはたくさんの情報を取り出せます。

 

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(湿原の下流の立派なサワグルミ)

 

地図上ではこの湿原の際を通って道があったはず。ですが谷の斜面からは笹が押し寄せてきて行く手を阻みます。気が付けば湿原の中をぐるぐると堂々巡りしていました。

 

草丈が高いのが難点ですがそれはこの時期だけのこと、おそらく誰が見てもこの場所を気に入ることでしょう。テントを張って何日か滞在したいと思いました。

平地で陽が当たり見通しがきいて水が流れている。人の好む条件が全て揃っている。つまり人にとって住みやすい環境ですから・・・ただしクマが出没することを除いてですが。

 

今度は草の枯れる秋か雪の残る春にでも来てみようと思います。

 

安曇野市の林務課の方がこの場所の名前らしきものをちらっと口に出していましたが失念してしまいました。その昔、中房湯治の人々もここを通る度に特別な思いでこの地を呼んでいたに違いありません。

その名前を呼び戻すまで仮に我々が名前をつけておきます。お察しの通り「熊ノ原」というのはどうでしょう。

 

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さあ帰る時間です。

湿原から先は水のない礫だらけの北の沢本流が道のように続いています。大雨の降る度に押し出されて石が均一に沢を埋めています。昔の道は深笹の中、探りながら藪こぎをして行くほど時間も気力も失くしました。今日はこの沢を詰めて大峠へ戻ります。 (お)

2017年7月28日 (金)

学校登山

今や全国的にも知られた長野県の中学校集団登山のシーズンが始まっています。 登る山は様々ですが穂高の2つの中学校は両校とも燕岳に登ります。 07281_2
(※この写真は高度3000m位から空撮した学者村のオリジナル)

7月19日、20日には穂高東中学校と松本市の開成中。20日、21日は穂高西中と松本市の明善中。20日の日は登山校と下山校が山道ですれ違ったことになります。
一般登山客もいるなかで燕岳周辺が期間中どういう状態だったか想像に難くありません、でもいいのです。賛否両論あるかもしれませんがそれでいいのです。穂高西中学校でいえば1年生のイベント、参加者120数名全員登頂を果たしたようです。燕岳の合戦小屋まではアルプス3大急登といわれています。生徒にとって楽な山行であったはずがありません。にもかかわらず事故もなく無事に帰ってきたことに自分のことのように誇らしく感動しました。

ネットで「学校登山」で検索するとトップに出てくる「長野県山岳総合センター 「長野県中学校集団登山動向調査」のまとめ 」平成25年のアンケートですが学校登山の現況と課題が詳細にまとめられています。
長野県では、私学も含む200校近い中学校のうち実に90%の学校が登山行事を持っています。
計画の段階で不参加の生徒割合が3%。当日に断念、棄権する生徒が2%となっていてそれらを差し引いても高割合で登頂を達成している事になります。学校側の登山に対する熱意と保護者側の肯定的な理解が伺えます。

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(長野県山岳総合センター 「長野県中学校集団登山動向調査」のまとめ より)

しかし最近の傾向としては登りやすく安全な山に変えて分散あるいは集約されているようです。燕岳は25年前には31校だったのが最近では10校未満にまで減っています。特定の山の登頂を目指さない硫黄岳や唐松岳の周辺を目的とするもの、バスで2600mまで行き3026mの山頂を目指す乗鞍岳のように登山と言えるのか怪しい採択も増えているようです。

その背景として先生方の学校行事の課題と心情を良く言い表している回答を同アンケートから抜き出してみました。

「・自然を相手にすることや、生徒たちの体力低下、持病もち生徒の割合の増加、集団行動がとれない生徒の増加などで、行事として実施しにくい環境にある。また引率者の責任が激しく問われる世相も有り、職員も実施に及び腰となり、社会見学的行事に置き換えられていく傾向もある。学校単位ではなく、希望者を募ってしかるべきところ(例えば山岳総合センター)で実施していただく時代になったのかもしれない。」


穂高西中学校の場合、生徒120数名に対し職員(先生)11名、外部協力として医師1、看護師1、ガイド5、(燕山荘1、ボランティア4)計18名の引率であったとのこと。単純に割って生徒約7名につき1人の引率者となります。

鈴玲ヶ丘学者村に住むKさんも登山経験を買われ去年からボランティアとして登っています。今回もいろいろ話を聞くことが出来ました。
Kさんと同じくボランティアの地元古老のSさんとの話。60年前Sさんも同じく学校登山で燕岳を登っています。
今はバスで中房温泉まで行ってそこからスタートだが当時は学校から頂上まで歩かサレタ。安曇追分からの砂利の一本道を歌を唄わサレながら延々歩かサレタ。当然ながら下山も学校まで有無を言わせず歩かサレタ。と被害者意識を盛込みます。
Sさんは先代からの大工業、燕山荘の建築にも親子で携わっていて、その親父が突然風呂に入りたいと言い出してきかず、燕山荘から麓の中房温泉まで付き合わサレタこと。風呂が済めばその足で再び燕山荘に登らサレタ。と軽快な語り口で周りを笑わせていたようです。されたされたと言いながらSさんにとって今では懐かしく楽しい思い出になっているようだったと。
一度でも登山で苦しい思いをしたことがあるならこの話を楽しむことができます。登山に限らず自らの苦しい体験を楽しい思い出に換えることだって経験の積み重ねなのです。
このSさん実は有明山神社奥宮登拝の総代で学校登山の4日前には祭事として有明山に連日登っていて、聞けば有明山には今年になってすでに4回も登っているそうです。仕方がないと言いながら楽しんでいる全く頭の下がる屈強な古参の原点は「登らされた学校登山」に違いないのです。

最近の指摘「学校登山が山嫌いをむしろ増やしている」 それは方法論や程度の問題であって本質の問題ではないと思います。 (お)

2017年7月13日 (木)

「もったいない」ってこと

脈絡もなく唐突ですが、未使用の犬小屋。差し上げます。猪鹿の牧のUさんからのご提供です。

 

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横72センチ、奥行82センチ、高さ83センチ。木製のシンプルなデザイン。室内に置いたってきれいだから変じゃない。中型犬用だけど小型犬や猫なんか入りたがること必至。階段つけて屋根にバルコニーなんてどう?

 

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何でって?とにかく “もったいない”じゃないですか。まだまだ使えるのに・・・金の問題じゃなくて、捨てるのも簡単。でもそれじゃあなんだか切ないよね。後に続かないっていうのがね。物なんだから役割を全うさせてやりたいし使う人の喜ぶ顔が見たいよね。そんなUさんの思いに同感です。

今話題のミニマルな生活っていうのはさ、物を持たないというだけでなく物を大事に長く使うってことじゃないのかな?

あたしなんかGパン破れたら繕って履きますよ。普段着から作業着に最後は雑巾やウエスになるでしょう?さもなきゃ端切れでパッチワークなんていいアイデア。 家電が壊れたら自分で直します。直せなくても分解して何度か試みますよ。近頃そうまでして長く使う価値のない物に囲まれすぎているのかもね。でも価値を決めるのは使うその人、あたしなんか100均の物を100円以上の手間かけて直す。(笑)

経済の話もわかるけど消費ばかりの生活はかえって貧しく感じるね。

 

もう一つ。無い物は作る。作れる物は作る。っていうのはどう? 昔の特に農村なんかでは農具から生活用具まで何でも自分で作ってました。材料は身の回り、裏山から全て調達。木材、竹、蔓、藁、石、鉄くず溶かして鍛冶屋までやってた・・・出来不出来はあるけれど売ってないんだから作るしかない。作っては直すというのが日常としてあった。だからその辺に転がっているとびっきりの素材なんかにちゃんと目が止まる。“もったいない”のセンサーが常に働いている。

 

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例えば直径45センチのアカマツの丸太。こんな太いのは“もったいない”でしょう?挽いて板にする?それもいいんだけどちょっとね。そのままの存在感でシンプルにぶつ切りにして木口をきれいに削ってみました。薪割りの台をイメージしたつもりだけど使い方は自由。庭に置いて盆栽や鉢物を並べてもいいし、作業台やイスとしても。お立ち台として上で踊るのもいいね。(笑)

年輪を数えたらざっと70年超。だったら70年は使ってやりたいという気持ちにもなるよね。腐らないように防腐剤をいっぱい塗っておきましたよ。

 

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勢いで5、6個ほど作ったけれど本来は“必要に応じた丁度よい物”を作る。これが物づくりの基本だと思うんだけどね。

 

欲しい方は学者村管理事務所まで。犬小屋は早い者勝ちだよ~。(お)

2017年7月10日 (月)

九州地方で甚大な被害が発生しています

ニュースで、西日本では停滞した梅雨前線の影響で想像を絶する雨の量により、福岡県朝倉市や大分県日田市の様に過去に例が無いほどの表層の土砂崩れにより大量の木が川の流れをせき止められ洪水・反乱などで被害が出ています。西日本では時期的にはもう既に梅雨が明けても良いと思っていたのですが、降った雨の量が非常に多かった為、死者・行方不明者が出る程の大惨事となっています。

 

例年だと、後2週間程度でこちらも梅雨が明ける時期に来て前線が停滞している地方ではいつまで今の状態が続くのか又これからの雨の量が気になる所ではないかと思います。07101

当地では、夜間に少しは降りましたが殆ど雨の降らない日が6日間ほど続いています。

いずれこちらにも梅雨前線が北上して来るとは思いますが、停滞なくこれ以上の被害がなくスムーズに通り過ぎて欲しい物です。

又、全国的に記録的な気温の上昇でここ3日ほどは、各地で熱中症により搬送された方が多くいた様です。安曇野市でも4日間連続朝から30℃近くまで上がっていて昼間の最高は33℃位になっています。出来れば少し雨が降って熱し切った空気や地面を冷やして欲しいと思います。

 

林の中は体感温度で炎天下とは2~3℃低く感じます。先日、同じ安曇野市に住む人でもあまり林に入った事の無い方が来られ、「林の中は涼しいのですね」と言われました。

 

私も、この時期は外回りの仕事の最中でも少しの時間、林の中で水分を摂りながら涼んでいる様にしています。()

2017年7月 6日 (木)

枯マツ伐採

学者村内でも枯れたアカマツの伐採工事が増えてきています。松くい虫による被害が件数を加速している面はありますが、俯瞰してみれば戦後70年を超え。学者村を含む別荘地が分譲され、薪などの木質燃料が利用されなくなって約50数年。アカマツ主林の森は飽和状態を迎え、遷移は次の段階へ進もうとしているのです。松くい虫による枯死も遷移のシステムに組み込まれた予定調和だとするのは考え過ぎですが。そうでなくとも樹々も生き物です。大きく伸びてはいずれ枯れ、朽ちて倒れることになります。すると日の差し込む森の穴を占有しようと新しい芽吹きが我先に群がります。環境の変化に一喜一憂し、弱肉強食の果て、日陰にもうまく適合した者が多くを淘汰しやがて閉鎖された極相林を作ります。語弊があるかもしれませんがそれは許容度の低い行き場を失った森です。

遷移は決して平和的な移行ではありません。森林は競争原理の支配する、同じ種でも助け合うことのない「個」の生き残りをかけた殺伐とした世界なのです。

自由のもと、結果的にその成り行きがむしろ健全に作用し世界を生かしているとみてしまいがちです。しかし自然は、遷移はどうやら私たちの為に在るわけではない。ですからこの森に住む以上その成り行きを私たちがコントロールする必要があるのです。

あくまでも森林との関わりにおける話としてですが・・・圧制をこれ以上見過ごすわけにはいきません。 (お)

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